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{
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"329000731_0": "「…………」",
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"329000731_1": "(さて、これからどうする?)",
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"329000731_2": "(術式が作用している間は魔力の気配は隠せる。\\n ノエルの追跡の目は欺けるだろう)",
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"329000731_3": "(直近の問題は、\\n 街に精通している二課をいかにして撒くか、か……)",
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"329000731_4": "(だが、街中であることが、逆にオレに味方するはずだ)",
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"329000731_5": "(ああいった組織の手合いのこと、\\n 街中で強硬な手段を取ってくることはないだろう)",
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"329000731_6": "(いざとなっても混乱を引き起こし、\\n 人混みに紛れれば逃げることは容易い)",
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"329000731_7": "(最大の懸念は、錬金術師協会の追手たちか……)",
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"329000731_8": "(あの口ぶり、恐らく幹部級だろう。\\n 欺瞞術式も、奴らには完全に効果があるという保証は無い)",
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"329000731_9": "(だが錬金術師協会も、残されたオレの記憶が確かなら、\\n 一般人に対しては穏健な方針を長年続けていたはず……)",
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"329000731_10": "(よほどのことがない限り、民間人に被害を出してまで、\\n 拘束しようとはしてこないだろう……)",
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"329000731_11": "「フ……我ながら、楽観論の積み重ねに過ぎるな」",
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"329000731_12": "(だが、そのか細い可能性の積算の上でなければ、\\n これからの行動の想定が成り立たないのも確かだ……)",
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"329000731_13": "「なんと惨めな有様なのだ……」",
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"329000731_14": "「チッ!」",
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"329000731_15": "「きゃッ!?」",
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"329000731_16": "「ご、ごめんなさい、お姉ちゃん」",
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"329000731_17": "「オレに構うなッ! とっとと消えろッ!」",
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"329000731_18": "「ひッ! ……うう……う」",
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"329000731_19": "(――ッ! まずい、ここで泣かれるのは面倒だ)",
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"329000731_20": "「待てッ! オレは大丈夫だから、気にするな」",
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"329000731_21": "「……う、うん」",
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"329000731_22": "「じゃあな」",
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"329000731_23": "「なんだ?」",
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"329000731_24": "(……何故オレの服の裾を引く? 馴れ馴れしい)",
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"329000731_25": "「お姉ちゃん、わたしのパパ、知らない?」",
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"329000731_26": "(なんだ、迷子か)",
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"329000731_27": "「知らん。そもそも、なぜオレが顔も知らぬ\\n お前の父親を知っている道理がある?」",
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"329000731_28": "「だって……パパ、急にいなくなっちゃって……」",
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"329000731_29": "「急にいなくなったのは、父親ではなくお前だろう」",
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"329000731_30": "「違うもんッ! パパが迷子なんだもんッ!」",
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"329000731_31": "「やかましいッ!\\n これ以上オレを煩わせるなッ!」",
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"329000731_32": "「う……ああ……うわああああんッ!」",
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"329000731_33": "(くッ! しまった――)",
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"329000731_34": "「お、おいッ!」",
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"329000731_35": "「パパッ!\\n パパッ! パパッ!」",
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"329000731_36": "「パパッ!\\n パパッ! パパッ!」",
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"329000731_37": "(――ッ!!)",
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"329000731_38": "「おい、やめろッ! 泣くなッ!」",
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"329000731_39": "「うわあああんッ!\\n ああああんッ!!」",
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"329000731_40": "「ねえ、どうしたの?\\n 大丈夫――って、キャロルちゃんッ!?」",
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"329000731_41": "「お前は……」",
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"329000731_42": "「そうなんだ、パパが迷子になっちゃったのか……」",
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"329000731_43": "「うん……」",
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"329000731_44": "「ねえ、お嬢ちゃん。\\n お名前、なんて言うの?」",
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"329000731_45": "「……ユミ」",
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"329000731_46": "「ユミちゃんかー。それじゃ、お姉ちゃんたちが、\\n ユミちゃんのパパを探してあげるッ!」",
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"329000731_47": "「ほんとに?」",
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"329000731_48": "「うん、ほんとほんとッ!」",
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"329000731_49": "「『たち』とはなんだ?\\n 勝手にオレを加えるなッ!」",
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"329000731_50": "「だって、この子、キャロルちゃんに懐いてるみたいだし……」",
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"329000731_51": "「なんだと?」",
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"329000731_52": "「ッ! お前もいつまで裾を握ってるッ! 放せッ!」",
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"329000731_53": "「だ、だって……」",
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"329000731_54": "「握らせてあげて、きっと心細いんだよ」",
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"329000731_55": "「心細い? 何を甘ったれたことを」",
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"329000731_56": "(オレはずっと1人だった。\\n 心細いだなどと思ったことは――)",
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"329000731_57": "「う……ううッ……」",
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"329000731_58": "「わ、わかったッ!\\n 掴んでてもいいから、泣くなッ!」",
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"329000731_59": "「うん……ありがと、ちっちゃいお姉ちゃん」",
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"329000731_60": "「ちっちゃ――ッ!?」",
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"329000731_61": "「フフ。それじゃ、迷子のパパを探そうかッ!」",
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"329000731_62": "「うんッ!」",
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"329000731_63": "(なんだってオレがこんな目に……)",
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"329000731_64": "「へー。ユミちゃん、パパとお買い物に来てたんだ」",
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"329000731_65": "「うんッ!」",
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"329000731_66": "「どんなお店でお買い物してたか覚えてる?」",
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"329000731_67": "「ん。うーんとね、本屋さんッ!\\n ユミね、新しいご本買ってもらったのッ!」",
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"329000731_68": "「そうなんだー、よかったねッ!」",
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"329000731_69": "「じゃ、本屋さんの方に行ってみようか。\\n パパがいるかもしれないし」",
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"329000731_70": "「うんッ!」",
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"329000731_71": "「ユミちゃん、ご本はもう自分で読めるの?」",
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"329000731_72": "「まだちょっとだけ……。\\n いつもはね、ママが読んでくれるの」",
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"329000731_73": "「でもね、お休みの日だけはパパが読んでくれるのッ!」",
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"329000731_74": "「へえ……羨ましいなあ。\\n ユミちゃんのパパ、優しいんだね」",
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"329000731_75": "「うん、すっごくッ!!」",
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"329000731_76": "「お姉ちゃんたちのパパは?」",
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"329000731_77": "「え? わたしたちのパパ?」",
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"329000731_78": "「…………」",
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"329000731_79": "「うーん……そうだなあ……」",
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"329000731_80": "「ちょっとだらしないところもあるけど、\\n いざと言うときは頑張ってくれる、いいパパだよ」",
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"329000731_81": "「そうなんだあ……」",
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"329000731_82": "「……実はわたしのパパもね、ユミちゃんのパパと同じで、\\n 迷子になっちゃったことがあったんだ」",
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"329000731_83": "「ほんとに?」",
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"329000731_84": "「うん。でもね、ちゃんと見つかったよ」",
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"329000731_85": "「だから、ユミちゃんも大丈夫。\\n すぐにパパ、見つかるからね」",
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||
"329000731_86": "「ほんとに?」",
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||
"329000731_87": "「ほんとだよッ!」",
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"329000731_88": "「そうだッ! こういう時に唱えるとっておきの魔法の言葉、\\n 教えてあげるね」",
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"329000731_89": "「魔法の……言葉?」",
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"329000731_90": "「うん。お姉ちゃんが小さい時、\\n お姉ちゃんのパパから教えてもらったんだ」",
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"329000731_91": "「なんて言うの?」",
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"329000731_92": "「へいき、へっちゃら――って言うんだよ」",
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"329000731_93": "「へいき……へっちゃら?」",
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"329000731_94": "「うん。哀しい時も、辛い時も、困った時もね。\\n これを唱えていると、なんとかなっちゃうんだよ」",
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"329000731_95": "「だから、ユミちゃんも、唱えてみて。ね?」",
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||
"329000731_96": "「へいき、へっちゃら……?」",
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||
"329000731_97": "「うんッ! だから、これでもう大丈夫だよッ!」",
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||
"329000731_98": "「へへ……ありがとう、お姉ちゃん。\\n へいき、へっちゃらッ!」",
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"329000731_99": "「そうそうッ! その調子ッ!」",
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"329000731_100": "「ちっちゃいお姉ちゃんのパパは? 優しい?」",
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"329000731_101": "「オレの、パパは――」",
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"329000731_102": "(ああ……オレのパパは誰よりも優しかったさ)",
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"329000731_103": "(オレに錬金術を教えてくれて……)",
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"329000731_104": "(それに、いつでも一緒にいてくれた)",
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"329000731_105": "(そうだ。あの日までは――)",
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"329000731_106": "(火炙りにされた、パパ――)",
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"329000731_107": "(世の中の人々のためにと、錬金術を使っていたのに)",
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"329000731_108": "(誰も救いもしない『奇跡』などという\\n くだらぬ概念の犠牲となったパパ――)",
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"329000731_109": "(パパの願い。パパの残した命題。\\n オレは、それを――)",
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"329000731_110": "「オレの、パパは――」",
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"329000731_111": "「ん? お姉ちゃん、どうしたの?」",
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"329000731_112": "「ユミ――ッ!」",
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"329000731_113": "「あ、パパだッ!」",
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"329000731_114": "「パパぁッ!」",
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"329000731_115": "「ハァ、ハァ、ハァ……。\\n よかった、ユミ……パパ、心配したんだぞ?」",
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"329000731_116": "「それはパパのほうッ! 迷子になっちゃ、メッ!」",
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||
"329000731_117": "「え? 迷子になったのはパパなのかい?」",
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||
"329000731_118": "「そうだよ。\\n あのお姉ちゃんたちが探してくれたんだからねッ!」",
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||
"329000731_119": "「そっかあ……ごめんごめん」",
|
||
"329000731_120": "「どうも娘がお世話になったようで。\\n 本当にありがとうございました」",
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||
"329000731_121": "「いえいえッ! とんでもないですッ!」",
|
||
"329000731_122": "「パパが見つかってよかったね、ユミちゃん」",
|
||
"329000731_123": "「うんッ!」",
|
||
"329000731_124": "「ね? 魔法の言葉、効いたでしょう?」",
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||
"329000731_125": "「ホントだねッ! お姉ちゃん、ありがとッ!」",
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||
"329000731_126": "「フフ……どういたしまして」",
|
||
"329000731_127": "「ちっちゃいお姉ちゃんも、ありがとねッ!」",
|
||
"329000731_128": "「オレは……何もしていない」",
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||
"329000731_129": "「そんなことないよッ!」",
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||
"329000731_130": "「哀しい時、辛い時、困った時――\\n 近くにいて話を聞いてくれる人がいるだけで、救われるんだよ」",
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"329000731_131": "「今日のユミちゃんにとって、\\n それがキャロルちゃんだったんだ」",
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"329000731_132": "(オレが……誰かの……救いに……?)",
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"329000731_133": "「それでは、失礼します」",
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"329000731_134": "「お姉ちゃんたち、バイバイッ!」",
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||
"329000731_135": "「うん、バイバイッ!」",
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||
"329000731_136": "「……」",
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||
"329000731_137": "「五月蠅いのが消えたな」",
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||
"329000731_138": "「それで、オレを拘束するのか?」",
|
||
"329000731_139": "「……ううん、キャロルちゃんと話がしたかったんだ」",
|
||
"329000731_140": "「話だと?」",
|
||
"329000731_141": "「うん、わたしのお父さん……」",
|
||
"329000731_142": "「わたしが1番苦しい時に傍にいてくれなくて。\\n 全部捨てて逃げ出して……」",
|
||
"329000731_143": "「大人のくせに無責任で、\\n どうしようもない、ダメな人だと思った」",
|
||
"329000731_144": "「お前は、一体何を……」",
|
||
"329000731_145": "「そんな人だったけどね。でも、わたしの中にも\\n お父さんから受け継いでいたものはあったんだ」",
|
||
"329000731_146": "「それは、お父さんがいない間も、\\n ずっとわたしを支えてくれていた」",
|
||
"329000731_147": "「それが魔法の言葉とやらか?\\n くだらん戯れ言だッ!」",
|
||
"329000731_148": "「そうだね。\\n 確かにくだらない戯れ言かもしれない」",
|
||
"329000731_149": "「でもね……人は、そんなくだらないものからでも、\\n 救われることがあるんだよ」",
|
||
"329000731_150": "「許せないと思った人を、\\n 許せる理由になることもあるんだよ」",
|
||
"329000731_151": "「……ッ!」",
|
||
"329000731_152": "「オレには救いの言葉などなかったッ!!\\n そんなものは――」",
|
||
"329000731_153": "「そんなことないよッ!」",
|
||
"329000731_154": "「キャロルちゃんの中にも、恨みとか、憎しみだけじゃない。\\n お父さんが残してくれた大切なものが、きっとあるはずだよ」",
|
||
"329000731_155": "「オレは……オレには――」",
|
||
"329000731_156": "(パパの残した命題。\\n パパの願い――)",
|
||
"329000731_157": "(オレはシャトーに籠もり、\\n 万象黙示録を研究し続けた)",
|
||
"329000731_158": "(それこそがパパから受け継いだ、ただ1つの物と信じて。\\n 憎しみと恨みだけを糧にして――)",
|
||
"329000731_159": "(世界の解剖こそが、パパからの命題であり、\\n パパが言っていた、世界を識る唯一の手段だとッ!)",
|
||
"329000731_160": "(でも――本当に?)",
|
||
"329000731_161": "(パパは、万象黙示録を達成したオレを、\\n さっきの少女のように、褒めてくれるだろうか?)",
|
||
"329000731_162": "(あんな風に、笑いかけてくれるだろうか?)",
|
||
"329000731_163": "(――ッ!? 何を今更迷っているんだオレはッ!)",
|
||
"329000731_164": "(オレはパパの無念を晴らしッ!\\n 奇跡の否定を果たすのだと、そう決めただろうッ!)",
|
||
"329000731_165": "「キャロルちゃん?」",
|
||
"329000731_166": "「オレがパパから何を受け継いだかなど、\\n お前に言われる筋合いではない」",
|
||
"329000731_167": "「キャロルちゃん……」",
|
||
"329000731_168": "「話は終わりだッ! さあ、どうする?\\n オレを拘束するか?」",
|
||
"329000731_169": "「だが、ただでは捕まらんぞッ!」",
|
||
"329000731_170": "「捕まえるつもりなんてないよ。\\n ただ、キャロルちゃんにお願いがあるんだ」",
|
||
"329000731_171": "「オレにお願い、だと?」",
|
||
"329000731_172": "「わたしたちに協力してくれないかな?」",
|
||
"329000731_173": "「何を言っているのだ、お前は?\\n オレは敵だぞッ!」",
|
||
"329000731_174": "「敵じゃないよッ! 少なくとも、今はッ!」",
|
||
"329000731_175": "(こいつ、思考が全く読めん……どういう腹づもりだ?)",
|
||
"329000731_176": "(それに、先ほどからの会話、オレのことを知っている風だった)",
|
||
"329000731_177": "(面識はないと言っていたわりに……。\\n 一体、こいつはなんなんだ?)",
|
||
"329000731_178": "「オレに何を協力しろと言うんだ?」",
|
||
"329000731_179": "「ノエルって子を止めたい……。\\n だから、それを手伝ってほしいんだ」",
|
||
"329000731_180": "「ノエルを――?」",
|
||
"329000731_181": "(当座の目的は、オレと合致する)",
|
||
"329000731_182": "(そして、今や全ての持ち駒を失ったオレに、\\n 独力でノエルに立ち向かう力はない……)",
|
||
"329000731_183": "(このまま拘束されるなら、話に乗った方が得策か?)",
|
||
"329000731_184": "(そうだ。いざとなれば、隙を見て逃げ出せばいい)",
|
||
"329000731_185": "「……ならば、1つだけ条件がある」",
|
||
"329000731_186": "「錬金術師協会にオレを引き渡さない、それが条件だ」",
|
||
"329000731_187": "「わかった。\\n 必ずサンジェルマンさんたちを説得する」"
|
||
} |