{
"390000721_0": "(どれだけ昔のことかなんて、\\n もう、覚えてないけれど――)",
"390000721_1": "「――美しいものが、好きだった。\\n 美しく在ることが、好きだった」",
"390000721_2": "「異端や魔女と呼ばれかねない時代に、\\n 錬金術に触れたきっかけなんて、ただそれだけのこと」",
"390000721_3": "「生き血風呂なんてやった覚えはないけれど、\\n 周りから見れば魔女に見えたことはあったのかもしれない」",
"390000721_4": "「体躯を入れ替える術を会得した。\\n 永遠に美しく在る術を、探していた……」",
"390000721_5": "「……研究に行き詰まった、いつかの時代。\\n どこかの村で、仲の良さそうな親子を見かけた」",
"390000721_6": "「お父さんが女の子を肩車しながら、鼻歌を。\\n 女の子はそれに重ねてハミングをする」",
"390000721_7": "「もう。\\n パパったら、また音を外したッ!」",
"390000721_8": "「ええッ!? 厳しいな……。\\n うーん……こう、かい?」",
"390000721_9": "「〜♪ ふぅ〜ん…♪\\n ふふ〜ぅん……♪」",
"390000721_10": "「フ……フフフッ!\\n 違うよ、パパ。あの歌はね――」",
"390000721_11": "「――♪」",
"390000721_12": "「……女の子が、笑いながら言うの」",
"390000721_13": "「パパは料理だけじゃなくて、\\n もう少し鼻歌も練習すればいいと思うな……、なんて」",
"390000721_14": "「お父さんは『まいったな』って苦笑いしながら、\\n 女の子の歌をお手本に、へたくそな鼻歌を続ける――」",
"390000721_15": "「嬉しそうに……慈しむように。\\n それでも抱き止めるには苦しいほどの、愛を込めて」",
"390000721_16": "「すれ違ったのなんて、たった一瞬。\\n それでも振り返ることすらできなかったことは、覚えている」",
"390000721_17": "「その瞬間、あまりにもわかってしまった。\\n 永遠の中に、わたしが求めた美しさなんてなかったんだって」",
"390000721_18": "「瞬く刹那に、燃え落ちる星のように去り逝く命を、\\n この世界に刻みつけながら生きていく……それこそが……」",
"390000721_19": "「…………」",
"390000721_20": "「……ただ、わたしの中に焼き付いた、\\n なんでもない、なんの意味もない、過日の残照……」",
"390000721_21": "「理屈なんて、どこにもなかった。\\n ただ、その原初の理由だけが……わたしの中に遺り続けた」",
"390000721_22": "「だから――」",
"390000721_23": "「ただ。ただ漠然と、しかし苛烈に『美しい』と感じたそれこそを、\\n 自分なりに、唄いたいと思ったんだ――」",
"390000721_24": "「……」",
"390000721_25": "「……ひゅーう♪\\n 唄い切りましたねぇ♪」",
"390000721_26": "「……ッうぉおぁぁぁぁあッ!!!」",
"390000721_27": "「〜〜ッ!!!!!\\n 良かっ……ッたぞぉおおおおッ!!!」",
"390000721_28": "「おぉッ!\\n すごい盛り上がりだゾッ!」",
"390000721_29": "「ああ、派手にな」",
"390000721_30": "「マスターはもちろんのこと……\\n エリザベートも、いい歌声でしたわ」",
"390000721_31": "「やるじゃない、おたんちん。\\n 少しくらいは見直してあげてもいいかも〜☆」",
"390000721_32": "「これが――ッ」",
"390000721_33": "「これが、アタシのッ!\\n アタシとキャロぴの、歌だぁああああああッ!!!」",
"390000721_34": "「――フ」",
"390000721_35": "(……いつかの、遠い、遠い想い出……)",
"390000721_36": "(繰り返し繰り返し口ずさんだから、\\n 辛うじて覚えていただけなのかもしれない)",
"390000721_37": "(あのときのメロディとは少し違う、それでもよく似た……\\n 今のわたしを映した、今の歌)",
"390000721_38": "(……聴こえたかな。\\n あなたがいるところにも、届いたかな?)",
"390000721_39": "「ああ、……そうならいいな……」",
"390000721_40": "(ねえ、パパ――)"
}