{ "361000121_0": "数時間前――", "361000121_1": "「~~♪」", "361000121_2": "「……ダメだ、こんなことでは。\\n もうすぐ本番だというのに、わたしは何をしているのだ」", "361000121_3": "「翼さん、どうされたのですか?」", "361000121_4": "「緒川さん……」", "361000121_5": "「実は、自分の歌に納得がいかないのです。\\n このままではステージに上がれない……『何か』が違う……」", "361000121_6": "「何か、ですか?」", "361000121_7": "「はい……自分でも何故こんなに、\\n 不甲斐ないのかと思うばかりで……」", "361000121_8": "「翼さん、この後は通しのリハーサルが控えています。\\n 今のところは、ここまでにしておきましょう」", "361000121_9": "「これ以上、唄い続ければ喉に負担をかけてしまいますし、\\n 身体を休めて備えておいた方が――」", "361000121_10": "「いえ、もう一度……もう一度だけ。\\n お願いします」", "361000121_11": "「……」", "361000121_12": "「わかりました。\\n でも、次が最後ですよ」", "361000121_13": "「ありがとうございます」", "361000121_14": "(……こんな歌では、せっかく足を運んでくれる人たちに、\\n 申し訳が立たない)", "361000121_15": "(皆の気持ちに応えたい……。\\n わたしを待っているすべての人の……)", "361000121_16": "(しかし、このままでは……)", "361000121_17": "「~~♪」", "361000121_18": "「ッ!?」", "361000121_19": "(声が……さっきよりも出ていない……)", "361000121_20": "(ただでさえ、観客の期待に応えられる領域に達していない、\\n 満足のいかない歌だというのに……)", "361000121_21": "(翼さん……。\\n きっと本番になれば気持ちも切り替えられるとは思いますが)", "361000121_22": "「――ッ!」", "361000121_23": "「はい、こちら緒川です」", "361000121_24": "「……はい、はい。今、翼さんはリハーサルに臨むところで……。\\n 響さんとマリアさんが……はい、了解しました」", "361000121_25": "「見ていましたよ。\\n 本部からの連絡ですね」", "361000121_26": "「それは――」", "361000121_27": "「緒川さんはマネージャー業務の時だけ、\\n メガネをかける――」", "361000121_28": "「電話をしながら、メガネを外すということは指令が入った証拠。\\n それぐらいわかります」", "361000121_29": "「今回はすでに響さんとマリアさんが対応しています。\\n ですから、翼さんはリハーサルを――」", "361000121_30": "「しかし、こちらに連絡が来たということは、\\n 苦戦を強いられているということでしょう?」", "361000121_31": "「ならば、わたしも行きますッ!」", "361000121_32": "「待ってくださいッ!」", "361000121_33": "「今日は、ライブの本番なんですよ……ッ!」", "361000121_34": "「わたしは、アーティストであると同時に\\n 防人なのです」", "361000121_35": "「まだ本番まで時間がある。\\n 急いで片付ければ間に合うはずです」", "361000121_36": "「お願いします」", "361000121_37": "「……わかりました。車でお送りします。\\n 任務の詳細は、その際に」", "361000121_38": "「ありがとうございます。\\n 急ぎましょう、立花とマリアの元にッ!」" }