{ "392000511_0": "失われた研究", "392000511_1": "××年×月×日――", "392000511_2": "オオスズメバチの巨大化に成功。", "392000511_3": "幼虫はこれまでのどの虫よりも栄養価が高い。", "392000511_4": "また、女王蜂をコントロールすることで", "392000511_5": "容易にコロニーを形成することも可能だ。", "392000511_6": "これは、画期的な成果である。", "392000511_7": "食糧難に対する劇的なアプローチが期待される。", "392000511_8": "「なるほど、ハチの養殖デスか。\\n ナントカヨーホージョーのCMで見たことあるデスよ」", "392000511_9": "「わたしたちの世界でも普通にありますよね。\\n ローヤルゼリーとかハチミツとか」", "392000511_10": "「ハチミツならアタシも大好きデスッ!」", "392000511_11": "「それはミツバチの話でしょ?\\n ここに書かれているのはスズメバチよ」", "392000511_12": "「スズメさんだと何か問題があるデスか?」", "392000511_13": "「問題があるというか、そもそも種類が……", "392000511_14": " いえ、とりあえず続きを読みましょう」", "392000511_15": "――だが、問題もある。", "392000511_16": "オオスズメバチの持つ毒性と攻撃性だ。", "392000511_17": "オオスズメバチは防衛本能が非常に強く、", "392000511_18": "ひとたび敵を認識すれば集団行動を開始する。", "392000511_19": "また、巨大化により毒性も強化されており、", "392000511_20": "皮膚からの浸透や経口摂取をしただけで人間を行動不能に陥らせる。", "392000511_21": "そのオオスズメバチの特性を理解した上で、", "392000511_22": "所長が恐ろしいことを提案した。", "392000511_23": "いわく、この巨大スズメバチの研究を", "392000511_24": "軍事転用できないか、と――", "392000511_25": "「ぐ、軍事転用……ッ!?」", "392000511_26": "「スズメバチの軍隊……ッ!?", "392000511_27": " やっぱり、同じこと考えてたデスかッ!」", "392000511_28": "さらに、所長はオオスズメバチの研究を", "392000511_29": "他の虫にも応用できないかと言いだした。", "392000511_30": "高い統率力をカブトムシに刷り込めば、", "392000511_31": "戦象にも勝る無敵の装甲陸戦隊となるだろう。", "392000511_32": "トンボならば滑走路不要の飛行戦隊に。", "392000511_33": "いや、それだけではない。", "392000511_34": "無限に増える機動制圧隊として、", "392000511_35": "人間ならば多くの者が嫌うであろう、ゴキ……", "392000511_36": "「ひ、ひぃぃぃい……ッ!?\\n な、なんてこと考えるデスかッ!」", "392000511_37": "「全身が怖気立ったデスよッ!\\n とてもこれ以上つきあいきれないデスッ!」", "392000511_38": "「ま、待って。さすがにアレの研究は\\n 構想段階で排除されたって書いてあるわ」", "392000511_39": "「ほ、ほんとデスかッ!?", "392000511_40": " 世界が救われたデスッ!」", "392000511_41": "空一面を覆う巨大化した黒き物体……", "392000511_42": "考えただけでも身の毛がよだつ。", "392000511_43": "そもそも我々がここにいるのはなんのためだ?", "392000511_44": "食糧危機から人類を救うためではないか。", "392000511_45": "軍事転用などありえない。", "392000511_46": "所長は狂気の妄想に憑かれてしまったのだ。", "392000511_47": "所長の妄想を止めねばなるまい。", "392000511_48": "たとえ、どんな手を使ったとしても――", "392000511_49": "「ああ、よかったデス……\\n これを書いた人の良心に感謝デスよ」", "392000511_50": "「でも、結局今ここに人はおらず、\\n 軍隊化した虫たちが我が物顔で歩いてるわ」", "392000511_51": "「人類の危機を救うための研究が、\\n どこでどう間違ってしまったのか……」", "392000511_52": "「……」", "392000511_53": "「続きはどんなことが書いてあるデスか?\\n かなりの分量があるデスけど……」", "392000511_54": "「ざっとめくってみても、\\n あとは備忘録といった内容かしら……」", "392000511_55": "「どのみち、全部を落ち着いて読む時間はないわ。\\n 先を急ぎましょう」", "392000511_56": "「デスデス。こんなに字ばっかり読んでると\\n アタマが頭痛でアイタタタになってくるデスよ……」", "392000511_57": "「あの……こっちの方、空気の流れを感じますッ!\\n もしかしたら大きな空間に繋がっているのかも……」", "392000511_58": "「あッ……\\n 手記の頁が風に飛んで……ッ」", "392000511_59": "(でも、集め直している余裕はない……\\n 行かなきゃッ!)", "392000511_60": "××年×月×日――", "392000511_61": "こんなことになろうとは。", "392000511_62": "虫たちは完全に人間を敵とみなしている。", "392000511_63": "軍事転用どころではない。", "392000511_64": "奴らは最初から、完成された軍隊だったのだ。", "392000511_65": "毒性、攻撃性、増殖の速度、", "392000511_66": "そして、機械のように冷たい統率力……", "392000511_67": "とても人間の手に負える相手ではない。", "392000511_68": "もはや一刻の猶予も許されない。", "392000511_69": "ただちに研究所を放棄し、島を封鎖せねば。", "392000511_70": "だが、本国からの救助部隊は一向に現れない。", "392000511_71": "我々は見捨てられたのだろうか?", "392000511_72": "神よ、我らを許し給え。", "392000511_73": "自然の摂理に背いた、罪深き我らを――" }