{ "391000511_0": "かつての痛み", "391000511_1": "(…………)", "391000511_2": "「どっちも正しくて、どっちも間違ってなくて、\\n それでも片方を砕かないと、自分の望む果てに辿り着けない――」", "391000511_3": "「そんな『望み』を目の前にしたら、\\n たとえばヒビキお姉ちゃんなら、どうするの?」", "391000511_4": "(わたしは……)", "391000511_5": "「こんなところにいたんだ」", "391000511_6": "「未来……。", "391000511_7": " うん、ちょっとね……」", "391000511_8": "「ギンくんに言われたこと、考えてたの?」", "391000511_9": "「……うん」", "391000511_10": "「そっか」", "391000511_11": "「……わたしも、びっくりしちゃったッ! あのくらいの\\n 年頃の子って、たまにハッとするようなこと言うよね」", "391000511_12": "「……」", "391000511_13": "「……隣。\\n 座っていい?」", "391000511_14": "「それは……\\n もちろん」", "391000511_15": "「……」", "391000511_16": "「誰かの望みと、わたしの望みが、\\n ぶつかっちゃったら……」", "391000511_17": "「そのときわたしは、\\n ちゃんと答えを出せるのかな?」", "391000511_18": "「……難しいよね。\\n わたしも、経験あるなぁ」", "391000511_19": "「……未来も?」", "391000511_20": "「……うん。", "391000511_21": " わたしね、わたしの世界の『響』に戦ってほしくないって……」", "391000511_22": "「そう思ってた時期も、あったんだ」", "391000511_23": "「……」", "391000511_24": "「わたしはあのとき、自分のことしか見えていなくて……\\n ただ必死で。ひとりで突っ走ろうとした」", "391000511_25": "「それがどれだけ響を悲しませるかなんて、\\n 考える余裕がなかったんだ」", "391000511_26": "「もちろん、そうせざるを得ない状況だったっていうか……\\n ……ううん。言い訳かな、これは」", "391000511_27": "「わたしは増幅された望みを抱えて、響とぶつかって。\\n それで……」", "391000511_28": "「…………」", "391000511_29": "「でも、だからかな。\\n これは、今だからわかることなんだけどね」", "391000511_30": "「わたしの本当の望みは\\n 『響に戦ってほしくない』わけじゃなくて……」", "391000511_31": "「響と一緒に戦いたかったんだ。\\n 今、ヒビキとこうしているように」", "391000511_32": "「……」", "391000511_33": "「それでも確かに、あのときわたしの胸にあったのは、\\n 望みとか、願いとか……祈りとか。そういう、小さな欠片だった」", "391000511_34": "「響は、そんな欠片に対しても、\\n まっすぐに、一直線に、全力でぶつかってきてくれた」", "391000511_35": "「だからわたしは、\\n 自分自身が本当に望んでいることを見つけられたんだと思う」", "391000511_36": "「だから、ヒビキなら大丈夫だと思うな」", "391000511_37": "「……え?」", "391000511_38": "「だって、ヒビキは響だもの。", "391000511_39": " 誰かの望みを前に、迷うこともあるかもしれない。でも――」", "391000511_40": "「それでも、\\n きっといつだって、自分の中の望みと向き合えるはずだよ」", "391000511_41": "「……未来」", "391000511_42": "「……ありがとう。", "391000511_43": " でも、それはきっと違うと思う」", "391000511_44": "「どうして?\\n 違わないよ?」", "391000511_45": "「ううん。\\n 違う」", "391000511_46": "「違わないったら。\\n ヒビキなら大丈夫だよ。だってヒビキは響だもの――」", "391000511_47": "「違うよッ!」", "391000511_48": "「…………」", "391000511_49": "「……未来、わたしね。\\n 旅をする中で、いろんな世界を見てきたんだ」", "391000511_50": "「手を伸ばそうとしても、間に合わなかった人もいる。\\n 伸ばした手を、振り払われたことだってある」", "391000511_51": "「この手を掴んでくれたのに、握ってくれた\\n その掌から力が抜け落ちていくことだって……見てきたの」", "391000511_52": "「ヒビキ……」", "391000511_53": "「……わかるよ。\\n きっと、『響』も、そんなこと何度もあったんだよね」", "391000511_54": "「…………」", "391000511_55": "「…………。", "391000511_56": " 明日香のことも、考えてたんだ」", "391000511_57": "「明日香ちゃん……?", "391000511_58": " イシムをその身に宿してしまった、あの子のことだよね?」", "391000511_59": "「うん。あのとき、明日香は絶望のミライを回避するために、\\n 自ら命を絶とうとした……」", "391000511_60": "「自分以外の誰かのために、\\n 自分自身の絶望を受け入れようとしたんだ……」", "391000511_61": "「わたしは、絶望に沈むのがどれだけ悲しくて、\\n 冷たくて、痛いのかを知ってる……」", "391000511_62": "「だから、明日香には、\\n わたしと同じ風にはなってほしくなかったんだ」", "391000511_63": "「あの子を助けたいと想う、\\n わたしの望みは間違いなく本当だったし……」", "391000511_64": "「もう1人の響も、\\n 明日香を助けたいって、本当に望んでいたんだと思う」", "391000511_65": "「でも、あのとき――」", "391000511_66": "「わたしたちと同じように\\n 明日香の望みも、本当の望みだったんじゃないかな?」", "391000511_67": "「誰かのために、自分を消そうとする。\\n そんな、どれだけ痛みを伴う望みだったとしても」", "391000511_68": "「……」", "391000511_69": "「……未来を喪ったときの絶望を、\\n 今でもたまに思い出すんだ」", "391000511_70": "「全部が敵に見えるような、あのどうしようもない絶望は、\\n 確かに本物だった……」", "391000511_71": "「だからわたしは、\\n 響が助けに来てくれたとき、怒ったんだ」", "391000511_72": "「お前は何もわかってない、って――」", "391000511_73": "「…………」", "391000511_74": "「……ごめん。\\n こんなわけのわからない話をしちゃって――」", "391000511_75": "「……『響』が、わたしを救けてくれたのは本当。", "391000511_76": " 未来も、――ほかのみんなも」", "391000511_77": "「……でも、その救いを得て尚……\\n わたしは、あなたの響ほど、真っ直ぐには望みを持てない」", "391000511_78": "「ずっとずっと、\\n 悩み続けているんだ」", "391000511_79": "「小さな男の子の、たった一言で、\\n こんなに揺らいでしまうくらいに……」", "391000511_80": "「それは……」", "391000511_81": "「……ごめんね」", "391000511_82": "「目の前にいる誰かの心を、\\n 覚悟を、想いを手折ってまで……」", "391000511_83": "「わたしの望みって、貫いていいものなのかな?」", "391000511_84": "「わたしは、確かに誰かのことを救けたいと思っている。", "391000511_85": " でもそれは、自分を赦すための贖罪なのかもしれない……」", "391000511_86": "「それで……\\n ……そんなので……」", "391000511_87": "「本当に、それで救われる、\\n 誰かばかりなのかな?」", "391000511_88": "「わたしになんか救けられたくなんてない、\\n そういう誰かだって、いるんじゃないかな?」", "391000511_89": "「そんなとき、どうすればいいのか……。\\n わたしには、わからないんだ……」" }