{ "342000651_0": "「…………」", "342000651_1": "「随分と口数が減りましたね。\\n ようやく自身の行いを悔いる気になりましたか?」", "342000651_2": "「悔いることなどいくらでもある。\\n だが、それはお前の言うような意味ではない……」", "342000651_3": "「ジャネット、お前は本当に戦争を起こすつもりなのか?」", "342000651_4": "「当然です。\\n 人々を苦しみから解放するための唯一の手段なのですから」", "342000651_5": "「そうか……お前は私の知るジャンヌ・ダルクではないのだな。\\n やっと納得ができてきた……」", "342000651_6": "「わたしは元々ジャンヌ・ダルクです」", "342000651_7": "「違う。生前の――私の知るお前は、人を傷つけることに悩み、\\n それでも大事なものを護るために剣を取った高潔な人物だ」", "342000651_8": "「人を殺す命令を出すという指揮官の罪から目をそらさず、\\n それを背負いつつも、護るべきものを護り通した……」", "342000651_9": "「今のように護るべきものなど持たず、罪の重さも知らず、\\n 軽々しく戦争を起こそうとするジャンヌ・ダルクとは別人だ」", "342000651_10": "「……わたしの名を、思想を愚弄するつもりですか?」", "342000651_11": "「お前はジルの望んだジャンヌ・ダルクだ。私の知る、\\n 本物のジャネットやジャンヌとは別人だということだ」", "342000651_12": "「わたしを……偽物だというのですかッ!?」", "342000651_13": "「偽物とは言っていない。だが、お前は本物でもない。\\n だから、ジャンヌ・ダルクの名前に泥を塗るな」", "342000651_14": "「――このッ!」", "342000651_15": "「わたしを死刑台に送ったというあなたが、\\n わたしの何を知っているというのッ!」", "342000651_16": "「よく知っているさ。12歳の時に助けてから、\\n 処刑されるその時まで見守り続けたんだ……」", "342000651_17": "「ジャネットの優しい気性も、歌が好きなことも、故郷のために\\n 震える手を隠し、剣を取った勇気も、全てこの目で見てきた」", "342000651_18": "「震える手……? わたしの中には迷いなどどこにも――、\\n それに、歌が好き……?」", "342000651_19": "「ああ、よく唄っていた。\\n 故郷を望める、静かな丘の上で楽しそうに……」", "342000651_20": "「歌なんて……知らない。そんな記憶、どこにも――。\\n それに故郷……故郷をわたしは大事にしていたの……?」", "342000651_21": "「……ジャネットが何より大事にしていたものだ。\\n 自身の育ったドンレミ村……」", "342000651_22": "「ドンレミ村……バル公領にあったわたしの故郷……。\\n 知っているはずなのに知らない。故郷の風景がわからないッ!」", "342000651_23": "(……そうか。ジルは恐らく、\\n 彼女を彼女たらしめていた記憶をほとんど――)", "342000651_24": "(覚えているのは、あの日のことだけ――。\\n 幼い頃に、炎の中から救ってもらった、あの――)", "342000651_25": "「教えなさいッ! わたしの故郷は、どんな場所なのですッ!\\n わたしは何を想い、大切にしていたのですか……?」", "342000651_26": "「……お前は、故郷に広がるのどかな景色を、草を、花を、\\n 自然を、そしてそこに暮らす人々を愛していた」", "342000651_27": "「村を一望できる丘で過ごすのが日課で、毎日歌を口ずさみながら\\n 楽しそうに丘に登ると、飽きもせず村の様子を眺めていた」", "342000651_28": "「剣を取ってからも、時間があれば丘から故郷を見ていた」", "342000651_29": "「まるで、護るべき景色をその目に刻み込むように……」", "342000651_30": "「わたしが護っていた、護るべき景色……?」", "342000651_31": "「思い出すんだ、あの光景を。\\n お前が真にジャンヌならば、忘れることなどできないはずだ」", "342000651_32": "「私たちは何度もあの丘で、お前の故郷を見ながら語り合った。\\n それを思い出してくれ……」", "342000651_33": "「わたしと……あなたが?」", "342000651_34": "「――綺麗で、優しい歌だな」", "342000651_35": "(あの声、あれは目の前のこの人の声……? そんなはずは――)", "342000651_36": "「……約束を覚えているか。\\n お前と、お前が天使と呼んだ者との約束だ」", "342000651_37": "「天使様との、約束……」", "342000651_38": "「本当ですかッ!? 約束しましたよ?」", "342000651_39": "「ああ、わかった。約束だ」", "342000651_40": "(何か……そうだ、確かに約束した。\\n でも、一体何を……? 思い出せない……)", "342000651_41": "「大切な……大切な、約束がありました。\\n でも、それが思い出せないのですッ!!」", "342000651_42": "「……知りたいなら、この手を取って欲しい。\\n お前との約束は、大事な記憶は、私が覚えている……」", "342000651_43": "「あの時は助けられなかった。\\n だが、今度こそ私にお前を助けさせてくれ……」", "342000651_44": "(この人は……誰……?\\n 本当にこの人がわたしを死刑台に送ったの……?)", "342000651_45": "(この手を掴めば……わたしの不安は無くなるの……?)", "342000651_46": "「あなたは――」", "342000651_47": "「――聖女よッ!」", "342000651_48": "「――ッ!? え……ジル……?」", "342000651_49": "「騙されてはなりませんッ! そいつは悪魔の手先ッ!\\n 甘言にてあなたを惑わせる、魔女ですッ!」", "342000651_50": "「サンジェルマン……まさか聖女を篭絡しようとするとは。\\n やはりあなたと聖女を接触させるべきではなかった」", "342000651_51": "「……計画変更です。あなたは、ここで死になさい」", "342000651_52": "「待ちなさい、ジルッ! 勝手な真似は――ッ!」", "342000651_53": "「あなたの言葉でも、それは聞けません。\\n この者はあなたに悪い影響を及ぼす可能性があります」", "342000651_54": "「聖女の従者として、それを見過ごすことはできませんッ!」", "342000651_55": "(そう、従者。ジルはわたしの……。\\n でも、従者……? 何かが引っかかって――)", "342000651_56": "「安心しなさい。苦痛などありませんッ!」", "342000651_57": "「――ッ!? させないッ!」", "342000651_58": "「くッ……既に拘束術式を解除していたかッ!?」", "342000651_59": "「解けない封印はない。紛い物の錬金術師の術式などに\\n いつまでも囚われていたら、協会幹部の名が廃る」", "342000651_60": "「――聖女よッ! 奴を消し去るのですッ!」", "342000651_61": "「わ、わたしは……ッ!」", "342000651_62": "(何故……この人を、消したくない……。\\n わからない、わたしはどうすればいいのッ!?)", "342000651_63": "「くッ……ならば囲んでしまえば――ッ!」", "342000651_64": "「――ジャネットッ!」", "342000651_65": "「――ッ!?」", "342000651_66": "「……私はお前との約束を忘れていない。\\n ――だから、お前も思い出せッ!」", "342000651_67": "「約、束……。わたしは、何かを忘れて――」", "342000651_68": "(記憶に綻びが出ているか……。\\n ……奴を追うより、聖女の処置が先ですね)", "342000651_69": "「――騎士人形たちよ、奴を追えッ!」", "342000651_70": "「ジル……わたしの記憶は、どうして――。\\n 無くした中に大切なものがあったはずなのです……」", "342000651_71": "「聖女よ、落ち着いてください。\\n あなたは混乱させられているのです……」", "342000651_72": "「あの人は、誰なの? どうして心がザワつくの?\\n お願い、あの人を傷つけないで……」", "342000651_73": "「わかりました。聖女の御心のままに。\\n あなたがあの方と再び会えるよう、全力を尽くしましょう」", "342000651_74": "「追手もすぐに戻らせます。\\n だから、安心してお休みください……」", "342000651_75": "「……ジル……お願い…………」", "342000651_76": "「……やっと眠りましたか。しかしサンジェルマンめ……、\\n ここまで聖女の洗脳に綻びを与えるとは……」", "342000651_77": "「奴を殺さずに捕らえていたのは失策でした。\\n 再びこのようなことが起きないよう、奴は殺しておかなくては」", "342000651_78": "「聖女も、洗脳をかけなおす必要があるようですね。\\n この方の特別は私1人でいい……」" }